避けて通ってきた Delay 系プラグインのレビューと解説
今回は Lunacy Audio の提供でお送りします。
このブログも初めてそろそろ 7 年経過しようという所です。
実は今回で記念すべき 100 回目の記事投稿です。
おめでとー。
そして 100 回に相応しいかはわかりませんが、今まで絶対に解説を回避してきた分野に手を突っ込みます。
そうです Delay 系プラグインの登場です。
本日 (2015/11/14) 発売の Lunacy Audio の Taps & Portals です。

そして、イントロセールだと思いますが、バンドル製品で $69 が発表されています。中身は以下
- BEAM
- Taps & Portals
- CUBE Mini
- Canopies
4 つの製品で Benn Bundle となっています。ついでに Benn Jordan が動画あげてます。
この機会に。
まずは Lunacy Audio の紹介
- 2021 年に設立
- カリフォルニア州ロサンゼルスを拠点
- CEO & 創設者:Casey Kolb
プリンストン大学で音楽とコンピュータサイエンス、バークリー音楽大学で映画作曲の修士号を取得 - CUBE:3D インターフェイスを採用した音源ソフト
- BEAM:マルチエフェクトプラグイン
モジュラー構造、グラニュラー処理、コンボリューションリバーブ、直列 / 並列処理などを備えたエフェクト
比較的新しいデベロッパーであり、CEO はプリンストン大学卒業してんのかな、その後バークリーで修士号 (Master) 取っているのは素直に凄い。プリンストン大学って。日本だと音楽やってて Master とか Ph.D の凄さをあまり実感しないからね。
私は大学なんてツマラナすぎて速攻辞めてます。元々航空工学専攻でした。ぶっちゃけ熱力学と流体力学は未だにわかりません。しかし、音響物理は割と数学的には綺麗で理解しやすい方です。あと、ほとんどが実は音響心理学の方に人間感覚が寄っているので、物理知らなくても感覚でなんとかなるのが日本の音楽事情です。
こういうバックグランドがある人が立ち上げたことには非常に大きな意味を持ちます。ハリウッドの仕事したことない人はわからないかもしれませんが、彼ら、自分専用のソフトウェアツールとかめっちゃ作ってて、それを自分の作曲とかに使っています。特にサンプリング系は独自ツールめっちゃ多いです。その特注のバーチャルインストゥルメントの開発とプログラミングを彼がやっていたみたいです。ジェームズ・キャメロンの作品とか関わっていたみたいです。
私も自分専用のドラム音源はセッション別で作ること自体あります。ええ、実にめんどいっすよ笑
日本の大きなライブシーンだと、非常にツールが発展しており、3D CAD データを作って会場の周波数特性をシミュレーションしたり、ある程度大学で研究とかした人は強いと思います。お金を生む音楽の仕事をしたい場合は、お勉強というか学歴の肩書は重要です。僕は学を証明するものがないのでダメっすね。
日本だと音大卒とか演奏者の経歴はよく見ますし評価の対象として見られがちですが、エンジニアの大学の経歴とかクソどうでもいいですもんね。世界的に見てもそうですが、大きな産業の中核人材は現場の人間ではなくて MBA 取得者とか、信号処理関係とかネットワークオーディオ関係の人はみんな Ph.D ドクターですからね。
今回紹介するのは BEAM + Taps & Portals
本日情報解禁の BEAM プラグインに追加される Taps & Portals に絞った Delay 系の意味について語っていきます。Lunacy Aduio のプラグインはどちらかというとエンジニア向けというより、クリエイター向けです。よく Delay とかは「空間系」とか呼ばれますね。そのために制御が必要なパラメータが備わっています。
ですから、基本的には楽曲制作に於いては空間を表現するような楽曲で使えたりします。例えば、なんか宇宙空間みたいな情景を想像した時に、ちょっとありえないフィードバックの音を聴かせる、とか。ですからクリエイティブ側がなんとなく「リリースの長い音にしたいけど、Feedback している間に音の変化をつけたら面白い音になりそーだなぁー」って感じの非常にアバウトな感性で利用できると思います。
ただし、Mixing の観点から Delay 系のプラグインは「なんで必要なの?」という問いには、私自身はストレートに答えることが出来ません。Delay のセオリーって僕も聞いたことないです。皆さんあります? Delay のセオリー。僕ないんですよ。ギターの Lead Solo で使えるよね、とかくらいしか思いつきません。
僕の考え方を簡単に言うと「現在のセッションで問題だと思う音に対して、Feedback を起こしたときに発生する現象を利用して追加の対処が取れる、と思ったときに使う」ものなんです。
はぁ?って感じですよね。
そういう時に使ってみるんですよ。ホントです。

今回は Lunacy Audio の Taps と Portals を利用しつつ、これらが持つ機能に絞って、Mixing 上でどう考えて使うべきかのお話を進めたいと思います。
これは Lunacy Audio のエフェクトだから使える考え方ではなく、普遍的なミックスアプローチの体系的な話をできるだけするつもりです。あくまで私がいつも考えていることで、皆さんが利用できるかはわかりません。
ただし、Delay というのは「今、何が起きているのか」を明確に理解していないと本当に意図的に使うのが難しいプラグインです。そこだけはしっかりと頭に入れてください。
単に「やまびこが欲しい」という場合は別に考え方は必要ありません。好きなように「ヤッホー」って感じで作ってください。

とにかく Delay は解説が難しい
今まで私は Delay について言及を頑なに避けてきました。
理由は単純明快です。説明を体系化出来ないからです。あくまで信号処理の観点からしか説明できません。
Delay を使う場合は大体、別の問題があってそれを回避したいときに使います。簡単に言うと、ちょっとした Envelope の再形成に利用したい、などに利用できます。この意味がわからない人はしょうがないです。私がここ 3 年くらい、ずっと Envelope は大事なんだよ、と勝手に定義したお話を理解しないといけません。
また「LFO との総合的な兼ね合いを考えて利用してみてね」という話を Envelope の解説動画でしています。
私みたいに「Delay を使うべき状況とその効果」を説明している人なんてほぼ皆無なので、ここである程度の触りだけ覚えて帰ってください。
結局は Delay は応用というか、使うプラグイン次第で可能性が無限大に広がってしまうので「Delay で何ができるのか」を理解することが、Delay の理解への第一歩だと思います。
Delay + LFO が基本だと思ってください
実は Delay 単体では効果的な音響を得ることは基本できません。
なぜなら、決まったタイムに対して音を遅らせることをするだけで、実際の効果は単に遅れて発声するだけです。
実際の Delay には Dry/Wet、Mix% 調整ツマミがあるので、私の言っていることが理解できない人は、そのツマミがない状況だと理解してください。
Auxiliary などで原音と同じ音量で混ぜると、そこには音が連続で聴こえるだけの単調な効果、輪唱みたいな効果しか得られません。もちろん、タイムが短いとダブった音のように聴こえます。非常に短い時間の遅れだと単に位相ズレ (Phase Cancel) を起こした音が聴こえてきます。
ここにいくつかのパラメータがあり、それを上手く楽曲に適応していくだけのエフェクターです。Portals は実は Delay というより「Echo」というエフェクターの基礎部が実行できるエフェクトで Echo 自体は「Delay + Feedback」と言えます。
これは音で聴かせられたらいいのですが、いい音源がないので、以下、少しただけ説明するので自分のセッションで実行してみてください。
Portals
同じプラグインを Trial でダウンロードして、自分のセッション上で起動してみてください。
これは BEAM 上の Portals を起動しています。BEAM は Lunacy Audio 製の複数のエフェクトプラグインをパラレルやシリアルに配置して処理できるユーティリティプラグインだと思ってください。
ポータル (s) というエフェクターですが、意味は「ポータル」ですね、マインクラフトとかでエンドポータルとかネザーポータルとか言いますが、門というか単に入口みたいな意味で使われます。

Portals 自体は非常に基礎的な Feedback Delay (Echo) だと思います。実はベンダーからはプラグインデータしか受け取っていないのでマニュアルとか何にもないの状態で手探りで使っています。なにか複合的な処理ができる場合はすみません。ごめんちゃい。
上図は単純に 1/8 で Feedback 66% という変哲もない Feedback Delay を構築しています。このプラグインのいいところは非常に UI がクリエイティブな見た目をしていて、特に信号処理のルーティングが直感的にわかりやすいことが素晴らしいです。
この Portals は非常に原始的なアナログの Feedback 回路を表しています。 ですから、どこまで信号を Feedback、つまり戻すか、ということが設定出来ます。これはシグナルルーティングをちょいと変えたいなぁっていう私のような人にはめっちゃありがた機能。

上図のように Portals は本当にシリアルチェーンの中に Feedback 回路を実装できる。これは単に Feedback Delay する信号のみにエフェクトを Feedback した回数分、加えられると考えることもできるし、

上図のように並列処理して片方に Feedback を返すなんていう、やる意味がパッと見いだせないシグナルルーティングが構築可能なことが素晴らしい。
確かに強く Drive した信号をパラレルで混ぜて、原音に小さい影響を与えたい、だけど Feedback する信号は Drive が強い信号のほうが余韻に与える影響は強いから Drive の信号を直接原音にFeedback させよう、なんていうことがパラレル処理ではできる。やるかって言われると、Mixing じゃ考えづらいかな…Delay + Distortion で完結するやろって思うから…w
このプラグインの唯一気に入らない所を上げるとすれば、A/B 切り替えが無いこと。簡単に Bypass とかを実行できるショートカットが欲しい。LFO の OFF をパラメータ上で簡単に行えると嬉しい。(マニュアル読んでないのでもしかしたらあるかも)
単に Portals を起動した状況に戻ってほしいが、Delay の値をテンポから決めるか、タイムを自分で設定し、少し Feed の値を上げていけば、日本では「ハウリング」という名称で有名な Feedback 現象が起きます。ちなみにハウリングは英語圏の人に通常伝わりません。
では次に 左下 の LFO や Env のパラメータを適当に設定してみてください。


エンベロープフォロワーはコンプのゲインリダクション動作にパラメータが追従するって感じの理解でいいです。実際にはスレッショルドはなく、信号に対しての反応速度なのでちょっと違いますが…

普段、LFO や Envelope Follower を使っていない人にとっては非常に難しく感じるかもしれないけど、これが出来ないと、そもそも、高度な Mix エフェクトプラグインを使うこと自体が最近はお話にならないレベル、になってきてしまいます。私は LFO とかの理解が進んだのは 20 代後半でした。
Pro Tools はさっさと LFO や Envelope Follower をプラグインのオートメーションに実装できるようしてくれ…これだから Ableton Live や Bitwig Studio が便利なんだよなぁ… Ableton Live はいいぞぉ。各 Insert に LFO 実装できて、それをプラグインの好きなパラメータに適応できる。
プラグイン上の LFO 1 とか 2 をドラッグしながら Portals のパラメータにドロップすると、パラメータに LFO の動きを適応できる。
すると、どうだろう?
嫌なハウリング現象が軽減したはずだ。そしてタイムが変動する影響ですこーし、Pitch が変動するはずだ。
これらの効果を上手く併用していくのが Delay なのです。
とにかく Modulation を極めろ
エフェクターの歴史を勉強している人なら、Delay + LFO の話はわかるだろう。
例えば Chorus というエフェクターは Delay + LFO です。
Delay の値が狭い範囲で揺れ動くと Pitch が揺れ動きます。もちろん、大きなタイム揺れが起きれば Pitch は大きく揺れます。
あれ、さっき説明した動作と同じだね。
そうなんです。Delay + LFO を上手く利用して Feedback の音を「ただの繰り返し音にしないこと」が重要なのです。
Taps
Taps は非常に色々なオプションが用意されているので、音作りにはめちゃくちゃ便利であると言えます。
ただし、これらを Mix で利用していくのは非常に難しいです。
どちらかと言うと、アレンジ、の方面で非常に役に立つ機能が多いからです。
例えば、Feedback する信号の Pitch や Time に変化をつけられるので、和音の聴かせ方を Feedback や Time で変化を付けることが出来るので、音楽理論的に整合性を持って利用しないと、ちょっとキツい場面も想定できるからなのです。わざと Feedback の音を不協和音させれば、不穏な空間表現を音で作り出すことも出来るでしょう。
LFO を駆使して Delay のパラメータを常に変動させることで、Delay というか Echo 本来は Reverb と似たような、部屋っぽさを演出できるが、その単調な Feedback の影響で音が散る、干渉現象も起きやすい。しかし、常にパラメータを変動させることで、問題となる動作現象を回避することができる可能性がある。
Delay はどうしても「ただの Feedback Repeater として利用」してしまうと、周波数の位相干渉で Comb Filtering 現象を引き起こしたり、単にリリースに強く干渉してリズムを悪く聴こえさせる可能性もあり、 場合によっては次の Transient に干渉して、立ち上がりが不明瞭になったり、逆に強調されたり、いろいろな干渉要素、音響工学的な知識を持って常にパラメータと音を聞きながら、そういう音になるであろう、という推測を頭の中でしつつ使っていかなければ、到底思い通りに使いこなせないことが多い。
だから Delay の場合、解説の動画とかを作っても、こういうボーカルの処理聴いたことありますよね? こうやって設定するんですよ、とか、Reverb と同じで「ある効果を得たいプリセットを紹介するだけ」の解説になっちゃうんですね。
だから、今まで記事にも書いてないのです。だってプリセット紹介するだけになるので。
上記の動画は BEAM 上で 3 つ の LFO を駆使して、実際に Delay の音響効果に影響を与えるパラメータに絞って LFO を適応してパラメータが変動するようにしました。
Delay の値が微妙に変動する関係で Feedback する音のピッチが若干動的変化する効果、ポンピングの領域が変動するのでステレオフィールドの表現が若干動的変化する効果、Feedback する音の位相や時間が若干動的変化する効果、これらが一度に実行されていると同じ状況になる。
例えば、並列で同じ値の Taps を設定し、片方はすべてのパラメータは固定し、もう片方は LFO で若干値を変動させている Feedback を最終的に同じ信号量を混ぜれば Feedback 自体に追加の複雑な Modulation 要素を発生させることが出来るだろう、と考えることも出来る。
Delay を使うときにこれだけ実は色々考慮してパラメータを決めているのだ。
というか、これがめちゃくちゃ大事。LFO でパラメータを微変化させると、音響工学的に「そこでどんな現象が起きているのかをすべて把握すること」これがめちゃくちゃ大事。
あと、プラグイン上に LFO がもう少しあるとめっちゃ嬉しいけど処理的に難しいんかな?あと Env パラメータも 2 系統欲しいなぁ…
正直、私自身、教える方としては「Preset を使いなさい。」それが一番手っ取り早い説明になります。
だって、結局は音響工学というか波の基礎物理を理解して音響心理学を勉強して、それに適合する動作を狙ったり回避することを覚えることが Delay の運用の近道だから、Delay の解説をしたところで、本質的じゃないんですよ。
あくまで「Delay は音を遅らせるだけのエフェクター」で、そんな基礎的な動作をするものに追加のパラメータ制御を与えていけば、いろいろな音響効果を生むことが出来ますよ、っていう根本的な音響工学と音響心理を知らないと、話が噛み合わないのだよ。
プリセットがめっちゃ豊富
結局はここよ。こういうマルチエフェクターはプリセットが重要よ。

Reverb とか Delay とか Modulation って結局、往年の名機のプリセット、がめちゃくちゃ役に立つ。
なぜかと言うと「あの名盤のこの曲っぽいやつ」とか自分が覚えているエフェクト効果は大体、Reverb、Delay、Modulation のプラグインのプリセットにあるんだよね。
例えば、Cue 返りの Over Compression サウンドを再現するために Talkback Compression を再現したプラグインとかがあるんだけど、それ使える場面、めっちゃ限定的じゃん? もちろん、上手く運用できる人はいるかも知れないけど、毎回そのプラグイン使えるか? って言わると難しいでしょ。
つまり、大体モデリング系とかっていうのは「当時の再現の模倣」でしかないことが多い。
そして、Delay、Reverb、Modulation、これらは私は「五大エフェクト」の内の 3 つとして紹介しているが、応用方法は全部、LFO や + の Modulation 要素だって言っちゃったんですよね…
総括
元々 CUBE は Plugin Boutique でセールしているの見つけて知っていたんだけど、BEAM 自体は見た目がいいクリエイティブ向けのエフェクターだろって思っていましたが、設計思想や実装想定の工夫には非常に感銘を受けました。
特に Space の Convolution Reverb のセットの豊富さはびっくりしました。

どう使っていいかわからないプラグインだと思ってしまう人も多い中、Preset が豊富で優秀、しかも実際にゲーム音楽や Netflix とかハリウッドの映像音楽制作の現場でアプリケーションを作っていた人の開発なので、かなり実務的に使える応用製品だと思います。
劇伴作家やゲーム音声作家などには普通にいいんじゃないっすか、って思います。










