サクッとレビュー「iZotope – Neutron 5」
iZotope 製品は アップデートが入るたびに更新している。
理由は「AI がどこまでエンジニアリング的に実用的か」をチェックするためである。
iZotope の AI – Mix Assistance はあくまで創作の手助けをしてはくれるのだが、正直なところ、エンジニアリングに利用は全くできないと言っても過言ではない。Ozone の AI もマスタリングエンジニアがそのまま採用するなんてことは絶対にないと思う。
ただし、そもそも iZotope ユーザーはエンジニアリングを求めて利用している人なんていないと思うので、創作において提案をしてくれるという意味では非常に利用できる。
つまり、毎度のことながら、実用的な利用ができるか、という視点で語るのでほとんどのユーザーにとって、全く役に立たないレビューとなるだろう。
ただし、適当に記事書いてアフィリエイト貼っつけているサイトよりは明らかにすべて真面目に書いています。そして、私のアフィリエイト経由で購入してください。
Neutron
Neutron は AI – Mix Assistance を搭載したマルチモジュール型のプラグインである。
Clipper
Neutron についに追加された Clipper。
これは非常に面白いモジュールである。これは割と出番がありそうだ、と思った。が……
何が面白いのかというと、Transient と Sustain を分離して、それぞれに Clipper を適応できるという点である。
実は Sustain、Release 要素に歪みを適応したい、というシチュエーションは存在する。通常は Transient にも作用してしまう Clipper を 従来の iZotope のアルゴリズムで Transient と Sustain に分離し、どちらにも Clipper を個別で作用させることができる。
ただし、 細かな調整は一切できない。また、正直マルチバンドで処理したときのバランスの取り方が非常に難しい。Auto Gain モードがあるが、上手く効いているのかよくわからない。結局聴感上、自分で調整する必要がある。
エンジニアの率直な意見だと、もう少し分離アルゴリズムが高度な別のプラグインをデルタで立ち上げて、別の自由度の高い Clipper を別で立ち上げるだけだ。一つのモジュールで完結できるのはありがたいが、確たる音像を目指す場合は使わないだろう。
あと、挿すだけで音がかなり変わる。Oversampling しないと折り返しの濁りが非常によく聞こえるし、オーバーサンプリングすると今度は Clipper には当たっていないが、重心が若干変化する。これは雑音の影響なのかわからないが、測定しても特に原因はわからなかった。
この Clipper は ADAA を採用したオーバーサンプリングだと個人的には確信している。もしかしたらマニュアルや MIT の項目に記載がある可能性がある。ADAA は最近では結構メジャーになってきた折り返し歪みを回避するための数理物理的な手法。(マニュアルを見たが言及無し、ただし ADAA 特有のリップルが観測できた。)
流石に歪み方を微調整できないので別の高度な Clipper プラグインを立ち上げてしまうだろう。
うーん。私個人がが実用するか、と問われると多分立ち上げない。そもそもエンベロープへの介入がほぼできない上、歪み方も調整ができないクリッパーなので bx_clipper とか Saturate とかを素直に利用するだろう。
ただし、そもそも Neutron 5 もモジュール全体で考える必要があるため、単体で利用する場合は、単純なクリッパーを利用する、という意思を持って立ち上げればいいだけだ。
Compressor
今更ここを語る必要性はないだろう。
結局 Compressor で求めるエンベロープに整形したあとの Transient 整形や波形整形に Clipper を利用しろよ、という形になりそうだ。
普通に歪む、特に変哲もない Comp である。普通にエイリアスノイズはバンバンでるので、多少注意されたし。
Punch と Vintage のアルゴリズムのオプションがあるが、Vintage は単に非対称歪みになるもの。Modern は真にデジタルコンプと捉えて良い。Vintage は Modern に独特の特性が付与される。Punch はもっと積極的にエンベロープを任意の形へ成形するためのオプションだと思えばいい。使い方を覚えたら完全に波形の形を任意の形へ成形することができる。
Auto の Gain が厄介。
これはマニュアルにも要注意書きがあったが、要は圧縮された信号を元の信号レベルに自動調整するのであるが、当たり前だが、圧縮した信号のレベルを元に戻そうとするので、エンベロープが極端に変形する。EDM 系の極端なリダクション動作を求める際には有効だが、エンジニアが使いやすいか、と言われると、全く通常とは異なる動作をするため、基本 OFF にしたい機能だ。
詳しくは自分で調べてくれ。
こういう挙動を示すアナログコンプもあるんだけど、ここまで顕著ではないため、極端なエンベロープ形成はできる。
非常にありがたいのが以下の表示オプション。
これは初心者や中級者に非常におすすめする。
この機能のためだけにこのコンプレッサーを使う価値があると言ってもいい。
波形の整形(出力波形)と出音の整合性を取る、または掴むのは非常に難しい。特に音だけを頼りにエンベロープ形成をすることは熟練のエンジニアしか不可能だろう。というか、ぶっちゃけるとそもそもエンジニアがエンベロープ形成について理解がない場合、それを積極的に行うことはなく、熟練であっても崩壊させていくエンジニアは多い。
この Wave Scope と音を頼りに自分の出したい音を追求する。個人的には非常にありがたい。この機能だけはオススメ。
Density
こいつは Upward Compressor だそうだ。
近年のエンベロープ形成において必須プロセスとなりつつある。
もちろん、これも代替の Upward Compressor は多岐にわたるが、レシオとスピードを決めたら後はリリースのアルゴリズムがほぼ全自動で処理してくれる、と思われる。Release 速度は一定ではなく、Speed というつまみの名称なので、すこぶる便利、ほぼ自動なのでマジでこりゃ便利だ。
Upward は非常に難しい。通常は極端に Transient に干渉してしまったりするのだが、これもおそらく iZotope の アルゴリズムを利用して Threshold で分離した信号に対して Range で持ち上げる量を調整するだけ。
変調歪みが顕著に出るが、おそらく聴感上、全く問題無いレベル。というか聞き取れるやつはちょっと変態レベル。まぁ確かに変化はあるが…無視していいはず。
測定上では、至極普通の Upward Compressor。
これも初心者、中級者にとって非常に便利だと思う。積極的に介入したい場合はもちろん別の選択は無数にあるが、制作サイドの視点から見ると、とにかく制御が簡単で、難しい Upward Compressor 処理をほぼ自動化してくれる。
レンジとレシオとスピードだけ調整すれば、あとはアルゴリズムが曲のテンポとダイナミクスが常に変化しない限り自動で処理してくれる。
難しい Upward を半自動以上で調整するため、僕みたいな波形成形やダイナミクス、エンベロープと Groove 命、みたいなエンジニアがコツコツとプロセスをここ数十年で貯めていたものをどんどん吐き出し、廃業へいざなう。
Equalizer
このモジュールも結局今までのアルゴリズムを流用したものである。
Clipper 同様 Transient と Sustain に分離して EQ することができる。ただし、Transient と Sustain の微調整はできないため、当たり前に個別の Transient Designer や Transient Shaper の方が精度も扱いもいい。
ただ、面白いのは、Transient や Sustain に対して個別に Dynamic EQ が適応できるところだ。精度や干渉具合は Kirchhoff EQ みたいな、エンベロープへの干渉に関してとことん追求した EQ と比べるとそりゃ劣るのですが、非常に楽である。
また、Learn 機能が EQ では役に立つ。初心者にとってどこを狙うべきかをアシストしてくれる。まぁ、これは AI というより、作業効率を少し早めてくれるだけのものだが、ポイントを自動で設定してくれるので、時短にはなる。採用するかどうかは、あなた次第だが。
精度の話であるが、極々普通の IIR フィルター EQ である。Minimum Phase EQ で Phase Shift は起こす。
そして Saturate ボタンが非対称に歪む。これは Comp の Vintage と似たような特性になると言っていい。似たような歪み特性なだけで、一緒ではない。普通にバリバリ折り返すので、完全に Neutron 5 は EDM というか Step 系というか、Trans というか、歪みありきのジャンルでしか使っていけない、レベルではある。
Excite
今作の Excite は面白い機能がついた。
4 倍のオーバーサンプリングが利用できる。まぁクリエイティブ利用には実用的なレベル。
また、細かいオプションとして「Pre-Emphasis Modes」というものがあって…
- FULL: 低中周波数のバンプ。
- DEFINED: 高中周波数のバンプ。
- CLEAR: 低中周波数の緩やかな減衰。
- FLAT: プリエンファシスは適用されない。
というオプションが有る。特性がかなり変わるのでポチポチ試して最終的に Tone で調整する。
面白いのが、Tame(タメ)という明らかに日本語由来のボタン。
これはダイナミクスを復元するボタンなんだそうだが、どちらかと言えばリリースに極端に干渉するので、通常の Upward や Downward とは違ったエンベロープが得られる。これも明らかに EDM 系では利用できかつ歪むのだが。通常は使いづらいとは思う。リズムトラック専用が多いなぁ。
このダイナミクス変化を有効活用できる場合は心強いが、ミックスでは少々特殊なシチュエーションしか使いどきがないかな…
Gate
これはただの Gate。それ以上でもそれ以下でもない。
もちろん、歪む。上手く制御すれば信号を三角波に寄せることはできるし、よく歪む。
上手く Expander として利用できれば、エンベロープへ介入できるのはいつものお約束。
Phase
結構画期的かもしれない。これは RX に付属しているモジュールと一緒だと思うんだけど、これ一つで解決するのはかなり嬉しい。
トラックの信号の位相問題を修正してくれる。
例えば、非対称波形を自動修正してくれるので、非常に便利です。あとはそもそもの素材の位相調整を自動で行ってくれる。Learn のボタン以外触らない。最高に便利。
もちろん、位相が回転してかつ、微妙な遅延補正をすることによって波形の DC offset とはまた違うヘッドルームの調整ができます。
これに関してはマニュアルを見ておくと良い。
これ、もしマルチで利用できるようになれば AutoAlign みたいな挙動も得られるのかな?
Sculptor
これは問題のあるトラックに対して利用するもので、積極的な音作りに使うものではないとは思う。そもそものモジュール理論から言うと、自動調整ありきのモジュールで積極的に Sculptor を使うことはあまりないと思う。
周波数を平均化するモジュールのため、意図的なバランスを作っているトラックには不要。
例えばレコーディングした素材をフラットな状態にする、というようなもの。
まぁ、あると便利ですが、数年前から同じモジュールがありますが積極的に利用はしないかな…
Transient Shaper
わざわざこのモジュールを積極的には使わないです。これも全体の自動処理の一つとしての調整モジュールなので、積極的な Transient Shape をするのであれば、他の Plugin を利用する。
特に変化ないかな…
Unmask
以前と特に変化ない Spectrum Side Chain Ducking、Dynamics ツールです。
用法用量を守って正しくお使いください。
Visual Mixer
紹介割愛。
Mix Assistance
AI の質は Ozone 11 と大差ないと思う。
単体トラックに対して、AI が提案をする。残念ながら曲全体を判断するわけじゃないので、全然曲に合いません。これは以前から言っていることで、曲に合わせてた微調整は自分出やるしかない。ただし、全体の調整指針のアタリを自動でつけてくれるから便利だよねって話。
Bus Track に使えたら結構便利だよなぁ〜って思っていたら、ぜんっぜん上手く調整してくれないです。
Ozone 11 を Bus に利用したほうがいいのかな?
各モジュールの意義
何度も言うようだけど、iZotope のモジュール主義は、AI Assistance を軸に考えられているため、単体モジュールの自由度はあまりない。ただし、AI が調整した値に対して、シリアル処理で各モジュールが役立つということ。
単体モジュールでは確かにシビアな調整はできないが、AI Assistance が順番に各モジュールを調整して提案をくれるという基礎設計を頭にいれていないと使いこなすのも、この Neutron と付き合うのも難しいと思う。
もちろん、AI Assistance が提案したものに調整を加えたい場合は、すべてのモジュールが相互作用するので、実はかなり調整の実力は必要になる。シリアル処理なので基本は後段のモジュールから微調整がセオリーになるだろうが、まぁ好きなようにイジればいいとは思う。
Neutron は新たな創造的な Plugin であり、積極的なエンジニアリング向けプラグインではないのだから。