ミックスのために知っておきたい音響心理学

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ミックスのために知っておきたい音響心理学

ミックスのために知っておきたい音響心理学 

音を扱う上で基本となるのは音響工学や聴覚心理の知識です…ある程度のことを知らないと、物理的に回避不能な問題に永遠と取り組む羽目になる場合があるので、一般的な専門学校で習うであろうレベルのお話をしたいと思います。私が講師であればの前提ですが…

耳という感覚器官を知る


大前提として聴覚は人間の感覚器官の中でもポンコツレベルの代物だと認識してください。音響心理学では、言語を読み取る能力と、危険を察知するためだけの器官だと説明されています。耳の構造は欠陥だらけで厳密に音を理解するための器官ではねーぞって学者は言ってるのです。はい。

また、自称、耳が肥えている、自分の耳に自信がある人達に、2重ブラインドリスニングテストを行いましたが、結果は、49.8% に収束。つまり、これは2択の選択問題の正答確率であり、ブラインドテストを受けた人々は実際には当てずっぽうで回答していた証拠となります。

よくある耳がいい人、耳が肥えている人、というのは実在しません。これは研究結果に基づいた事実です。もし、反論がある場合は私の主張ではないので私に反論ではなく、研究者に反論してください。

知識というのはアプローチを増やすためだけのものじゃない


聴覚器官はアバウトなので無駄なことは極力しないのが最善だと考えます。だからミックスというものはある程度、選択肢を減らす必要がある、と個人的に考えています。聴感覚的に意味のないことは基本しない。合理的理論的に取捨選択するのがセオリーだと、個人的に思います。

ただ、合理的で理論的なミックスというのは、ある程度の知識と経験とカンがないとクリエイティブではなくなるので、この記事の内容は、困った時のおまじない程度 に捉えるべし。

意味のない処理が偶然の産物を生む場合もあるし。フィーリングって大事。なんでコンプはこの設定なんですか?って聞かれても適当…って時、結構あります。なんか適当にパラメータ弄っていたら気持ちいいって思った、とかそんな時もよくあるある。

ミックスはネガティブから考える


ある程度 DTM ができるようになると、ミックスにおいて「音のバランスがわからなくて悩む」という問題にぶち当たると思いますが、それは当たり前なことなんですね、正解を誰も知らないから。

基本的に正解は録音時のオリジナル音だとは個人的思いますが、それだとミックスというかフェーダーバランス整えただけでじゃん…って言われちゃう感じだし、現代音楽では誰もそれを求めてない。やっぱ音いじってなんぼの世界じゃないですか。

ただ、限りなくバランスの正解に近ずくために、基本的な音響心理の知識が役に立つ、と思ってください。困ったら合理的、理論的に処理すると、正解とは行かなくても間違いだけは犯さないのではないか? と勝手に思っています。

あれも試してみたいな、これも良さそう、と考えるより、あれはダメだと思うからやらない、前に上手く行かなかったら今回も上手くいかないだろう、などの感覚や経験、そしてカンも必要です。

基本的にエンジニアはネガティブに考えている人が多いです。ダメだと思うことはやらない。エンジニアは頑固だ、と言われるかもしれませんが、エンジニアを信じることは必要です。ミックスに関しては絶対にレベルや経験が上だから最善の一手を投じているハズです。

もちろん、挑戦という選択肢がなくなってしまうので、すべてネガティブに考えるのは絶対に良くはないですが、「これはないな」というものや、ミックスしてると相手からの要望という指定処理があったときに、相手に試して聞かせて「ね?その処理はやめてほうがいいでしょ?」って伝えるのもエンジニアの仕事です。「それはない」の説明を理論的にできたらかっこいいじゃないですか?

現代ミックスはいかに自分なりの 選択肢を減らすか、というのが 私なりの答え です。エンジニアは音作りで選ばれる傾向が強いので…エンジニアの個性は選択肢の少なさに比例するのではないでしょうか…?

1. 等ラウドネス曲線


等ラウドネス曲線は図の見方が難しい。

これは割と知られているとは思いますが、図が理解しづらい表記なので説明補足しておきます。この図は、基準の音と同じ音量に感じるレベルの差を表しています。1kHz の量感と同じくらいに感じる、音量レベルという見方をします。人間は 2kHz 〜 4kHz の音はよく聞こえる、ということがわかります。

こちらから 詳しい情報が見れます。

まぁ人間の耳は低音と高音には鈍感ですよっていう感覚でいいです。日本の放送局へのラウドネス基準導入が義務化される時、よくある誤用や間違いでこの等ラウドネス曲線が説明されてたり、槍玉に挙げられていたりしましたね。

何故、この図を覚えて欲しいかというと、ミックスで無駄な低音と高音を処理しないこと、が重要になるからです。

特に最近はアナライズミックスが増えていると思います。音ではなくメーターと目でミックスすることですね。満遍なくバランスよく周波数帯域を意識してミックスすること自体は悪くないですが、このラウドネス曲線を意識していないと、バランスが実際に聞いた時と自分の想定していた音とのギャップが酷くなります。

特に極低域と超高域に存在する音はもともと少ないですし、認識するためにエネルギーがたくさん必要で、足りなければ知覚できません。エネルギーとはつまり音量のことで聞き取りにくい周波数を聞かせるためには音量が結構必要です。

あまり知覚できない帯域を無理に増幅して聞かせようとミックスすると、全体的な音量が小さいのにピークが大きい、という問題に発展します。デジタルミックスは省エネ? で最大限領域を活用することが個人的な目標です。無駄な EQ やコンプ は基本しないこと。というかエフェクトは使わないに越したことない。

EQ はブーストよりカットってよくいいますよね、音を削って他の帯域を聞きやすくすることを意識したほうがいいとは思います。ミックスはネガティブだ、と言いましたが、コンプも EQ も使い方の概念としてはネガティブです。いらないところを削る、という考えで使います。

2. マスキング効果


これもよく聞く効果、の名前だと思いますが、実態を知ってる人はちゃんと工学を学んだことがある人しか知らないと思います。音がたくさんあるとそれぞれが邪魔しあったり、大きい音が他の音を邪魔して聞こえなくなる現象だと思っている人が 98% くらいここにいると思いますが、実際には細かい分別ができます。

まぁ、ある一定の音の音量がでかけりゃ、その他の音が聞きにくくなるのは、生きている上での経験則で理解できるものだと思います。そんな認識でいいと思います。

3. ディレイの知覚範囲


実はこれ、マスキング効果の一部に該当します。普通の人だと、大体 20ms 以下のディレイは知覚できません。20ms を境に音がずれている、ダブって聞こえるのがわかります。ただ、演奏中のモニターディレイはプレイヤーは敏感に感じ取れ、ディレイの位相の変化はエンジニアはすぐ気付くことができます。

大体 10ms くらい音がずれると、集中してれば気づきますが、これは例外です。音やタイミングを知ってるからこそ、ズレが理解できる。

Delay を使うことで Pan を使わずに音の配置を変えることができます。例えばモノの音源をマルチモノとして配置して、R ch だけ数ミリ遅らせる Delay をかけた場合、音が左のほうが若干発音が早くなるので、音が左に寄って聞こえるエフェクトを再現できます。(左の音が耳の感覚器官に到達するのが速いから)

これは Pan とは違うウワッとしたステレオが得られるのでコーラストラックで使ったりします。位相ズレを応用したテクニックです。ハモリが一本の時は疑似ステレオっぽくできるので使いますが、最近は自動生成してくれるボーカルエフェクトがあるのでたまーにしか使いませんが…

4. ピッチの知覚範囲


これも、マスキング効果の一部に該当します。極端にずれた音程 (半音異常) であれば人間は簡単に知覚でき、ディスコードなどは敏感に知覚できますが、数十セントずれているだけでは、音は一つしか鳴っていないと錯覚します。特に低い方の音程が大きいとマスキング効果が強いそうです。

ただこれはボーカルのダブりや楽器のダブりをダブり感を薄めるために利用できます。エディットで丁寧にタイミング修正とピッチ修正を行えば、ダブり感を抑えてクオリティを上げることができる…かもしれません。僕はタイミング修正は得意ですがピッチエディット作業がひたすら嫌いなので、結構自動機能多用します。すいません。

5. 大きい音の前後の音は認識できない


これもマスキング効果の部類なのですが、トランジェント成分が多い音、急な爆発音に近い音、良くあるのは強めのスネアやアタックの強いシンバルの前後に音がある場合は、その瞬間の前後の音が認識できない、というのが人間の耳です。なんでって言われても脳がそう処理するから、としか言えません。

ですから、大きな音、が入る瞬間は個人的にはサイドシェインコンプをオケにかけてやると良いのではないかと考えています。しかも先読みを考えて。サイドチェイン用のずらしたトラック用意するミックスの方法はよくあります。

どうせ認識できないのであれば認識できない音は、その瞬間 コンプリミッターでレベルを落としてしまえば、レベルオーバーを気にせずにインパクトを出すことができます。これは最近高性能なリミッターが開発されているので、あまり行う人は多くないですが、インパクトが多い楽曲には非常に多用されていたテクニックです。

サイドチェイン用にオフセットした信号用データを用意することもある。

6. カクテルパーティー効果


これもよく聞くレベルの話ですが、人間は騒ついている、雑音の多い場所でも聞きたい音に集中できるという能力です。まぁ楽器を耳コピーしたことある人ならわかるよね、ベースは聞き取りずらいけど頑張って聞けば音程がわかります。そういうやつです。

これは、ミックスでよくマイナス面において影響する現象です。ある程度バランスを整えて、あるトラックの調整を始めるとそのトラックが異様に大きく聞こえてしまい、ボリュームも絞って、いい感じになったと思って、ある程度リフレッシュできた時にそのミックスを聴くと、「あれ? あの音小さくね?」と感じる場合があります。

また、カクテルパーティー効果が発揮中のトラックでは EQ を必要以上に触ってしまい、単体の音のバランスを良くしようと奮闘します。が、それがミックス、オケ中でいいバランスで鳴ってくれるか? と言ったらほとんどノーです。良いミックスに良くあるんですが、良いミックスのパラ音源は決してバランスがいいとは言えない、ということです。

この状態を回避するために、リファレンスとの A/B 比較は非常に重要になると感じます。

とくに現代音楽の場合は生音を使わない、音源ソフトを使う傾向が強いので派手に音作りするほうがいいとは思います。

音源ソフトを使った作品の音源聴くと、あ、これあの音源の音じゃん、ってばれます。ある程度の人達に音源まで特定されちゃいます。のでばれない程度には加工するほうがいいと思います。もちろん私も気づいてますよ?

7. 音のイメージを明確にする


結構忘れがちなのですが、音でも明るいイメージや暗いイメージ、楽しいイメージ、悲しいイメージなどあるのはわかりますよね?

それに合わせて音作りをしましょう。これは作曲や編曲に寄るところが多いですが、エンジニアも同じイメージをもってミックスに望むことができれば、気に入ってもらえるミックスができます。

音楽って見えるわけではなくて、一人一人のパーソナルなイメージが大事になってくるので、音のイメージを明確に提示しないといけないと感じています。もちろん、これはミックスだけではどうしようもないレベルのものですが、ミックスの指針としては大いに役立ちます。

8. いろいろな意味でアナログを意識する


現代のミックスはデジタルが主流ですが、そこで問題となるのが、パターン化です。一番はリズムのパターン化が機械的であることが、作品のイメージに影響を与えます。もちろんタイムが完璧な方が、いい場合もあるし、その逆で揺らぎがあるほうがいい場合もあります。

もちろん、この問題は作曲や編曲が大いに関わる部分で、リズムや音程などあらゆる点で、揺らぎや正確さの両立を求められています。作品のイメージを膨らませ、どちらがいいかを判断できるようになりましょう。

また、多少難しい話で詳しくは解説しませんが、耳と脳は音を補完できます。ですので、アナログ的なアバウトさも、必要な場合もあるでしょう…。とくにパターンと経験則、心理現象から、鳴っていない音を聞いている人に感じさせる事ができます。

9. 楽器の音の構成を知っておく


ぶっちゃけ、ミックスにとって、一番重要なのは、楽曲で使われている音の構成を理解すること、が一番重要なのではないかな…と思います。

例えば、ギターとギターアンプとキャビネット、それぞれ特性があります。ギター自体は弦の性質とネック、ボディの性質が音に現れます。しかし、そんなに音の構成としては多くありません。弦の基音、ボディで基音の増幅や倍音の発生。ネックやフレットによる倍音の発生などがありますが、決して周波数特性がいいわけではありません。

ギターアンプにおける、中域の再生レベルの低さを知っている人はほんの僅かだと思います。ギターアンプの構造上、中域の増幅が難しいです。またキャビネットで再生するギター音はキャビネットの特性に大いに左右されます。ギターの音というのは、200Hz 〜 6kHz 以外の音はほとんど出ていません。

コーンの特性によるところが多いですが、ギターに存在しない周波数を EQ でいじりまくっても大した変化を感じられないので、各楽器の音の分布や構成を把握しておくことは非常に重要だと感じています。EQ ポイントが分かれば迷いは無い、と同じですよね。

選択肢を減らすための知識を身に着けろ


私のミックス概念は今までの人と全然違うアプローチかもしれません。いろいろ曲聞いて、引き出しを増やせ? みたいなこと言われると思います。とにかくいろんな音楽を聞けと、先輩エンジニアから言われると思います。

僕は好きな音楽だけ、聞いていろ、といいます。そしてそれを完コピできるくらい、聴き込んで、自分で再現できるアプローチを模索しろ、と教えます。私ならね…。

広く浅くもいいとは思いますが、どちらかといえば深く狭いミックスのほうが個人的には素晴らしいと感じますし、どうせ好きな曲の1つも完全にミックス再現なんてできません。だから自分が好きなミックスの曲の再現方法を常に模索したほうが効率がいいとは思います。

おそらくあーだこーだ 自分なりに模索すると結果的に割と広い範囲がいつのまにか自分自身でカバーできていたりします。その中でこれは自分の好きなミックスでは考えられないアプローチだな…って感じるほうが自分なりのミックスの近道になりうると思います。

結局はそれぞれ見方と考え方が違うので一概には言えませんが、私は選択肢を減らすことが最善のミックスへの近道だと思っています。

  • 書いた人: Naruki
    レコーディングエンジニア
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