もはやミックスエンジニアなんて必要ないのでは

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もはやミックスエンジニアなんて必要ないのでは

もはやミックスエンジニアなんて必要ないのでは 

僕はレコーディング、ミックスエンジニアですが、最近特にミックスエンジニアなんて必要なくなるよなぁ、と思いました。

なぜそう思うかをだらだら書いていきたいと思います。

エンジニア自身がエンジニアなんて要らない、なんて話するのは意味不明なレベルなことかと思います。特にこの時代に何故エンジニアが必要なのか、を力説する人はいると思います。

ただし、僕はやっぱエンジニアって要らなくなるよなぁ…と思う事象だらけなので、特に自分を飾らず、赤裸々に吐露したいと思います。

こういう側面の読み物ってほとんど存在しないので、いつものようにネットの肥やしです。

こういう時にエンジニアは必要論を持ち出す人は必ずと言っていいほど、エンジニアの定義が飛躍していたり、そもそものエンジニア像が私の話す「エンジニア」の定義とは異なるエンジニアについて反論を持ち出す人が出てきます。

ここで私の言う、定義した「エンジニア」は「ミックスだけする人」で、それ以上でもそれ以下でもありません。

エンジニアがレコーディングしてくれたり、一緒に制作するクリエイティブが大事などなど、そんな話は一切出てきませんので、この小さな枠の中の話であることを念頭にお読みください。

重要なのは文脈である


ミックスで重要はなのは文脈以外ない、と思う…。

文脈という言葉はマスタリングエンジニアの諸石さん @B_sabbath_B が使われてた言葉で僕も使わさせていただきますが、私個人の感覚として「音楽背景に何があるのか」を現した言葉です。

これはみんなわかっていることなんだけど、この感覚を言語化出来る人は少ないと思います。

例えば、MA の現場では金字塔の「スターウォーズ」の文脈が必ずといっていいほど入ってくると思います。これは MA の人は身に沁みてわかることでしょう。レコーディング現場だと「ビートルズ」の文脈が語られる場合は多いです。ただ、日本の場合はフォーク、ジャズからロック、シティポップ、その後の J-Pop の系譜へと移行していくのだと思います。これは個人の肌感の話で別に厳密なものではないです。

どこまで行ってもなんとなく「小室哲哉」の系譜が見える場合もあるのはみんなわかるでしょう?

つまり、この楽曲はどの文脈からでてきた音楽なのか、という部分が重要で、例えば Jazz のミックスなのにドラムが完全に打ち込みでベタ打ちの音が鳴っているような楽曲は、そもそも楽曲として文脈がチグハグであり、文脈からすると博打音楽となりますよね。このドラムの音の文脈はエンジニアが介入できない (できなくはないのだが…) ので、この楽曲は Jazz のミックスをすべきなのか、別物として捉えてミックスすべきなのか、という話になるのは理解できると思います。(正解は無いですが、アーティスト側の希望や文脈は存在する)

別の例を上げると、シティポップっぽさを感じたりそのアーティストがリスペクトしているアーティストがシティポップシーン出身なら 99 % はシティポップの文脈で制作するのが筋でしょう。別に文脈を逸脱してミックスしてもいいと思うけど、逸脱したときにアーティストが受け入れてくれるか、は別の問題です。

重要なのは音楽の歴史的な変遷とその文脈、そしてトレンドです。

つまり、楽曲の方向性の元となる、音楽的なバックグラウンドがないとミックスし辛い。商業のエンジニアはオールラウンドに対応できる技術はあると思うのですが、僕がいきなりクラシックのミックスをしてくれ、と言われても、おそらくシネマティックオーケストラの文脈が入ってしまうでしょう。

これが、もしかすると、クラシック畑の人からすると、私はシネマティックサウンドのようなイメージは欲していない、と言われたらそのエンジニアリングは間違いだったということになる。ミックスエンジニアにとって必要なものはミックス技術じゃなくて、正しい文脈理解なのです。


ジャンルの対立煽りというのは文脈からなる

例えば、今の子たちにこの話が通じるが不安ですが「デトロイト・メタル・シティ」という漫画が 2008 年に映画化されました。

僕は日本でも生粋のデスメタルファンで、Fleshgod Apocalypse を日本で最初に紹介した人だと勝手に自負しています。他の人が僕より先に探し出して紹介していた可能性は十分にあるけど。

このデトロイト・メタル・シティは原作がギャグ漫画で、あらすじとしては

というもの。

このあらすじの時点でデスメタルじゃないのはデスメタルファンなら即分かる。奇抜なメイクと言う時点で Kiss 派生かな?もしくは 聖飢魔II 派生だよねってわかるし、メタルだったらブラックメタルで、デスメタルじゃねぇよってなります。デトロイト・メタル・シティをそもそも知らない人はわからなんくても良いけど、これが文脈というものであることはなんとなく理解できてくれると嬉しいです。

当時は普通にギャクマンガとして特にバンド自体が生粋のデスメタルバンドではないことに関して、まぁ商業誌だし、しょうがないよねっていう気持ちでしたし、普通にギャクマンガとしては面白かったです。好きですよ。全巻持ってますし。

のちに松山ケンイチ主演で映画化され、知り合いの純粋なデスメタルバンドではないが、当時デスコア/メタルコア系バンドのギタリストが楽曲提供に参加していることで、メタルファンから商業的な作品についにリアルなジャンルサウンドが採用される!? と期待がかかったのに、ポップス派生のロックっぽい、コミックソングが出来上がってきたのです。

そりゃ、文脈を無視した楽曲を制作した制作陣がファンから顰蹙を買うのは至極当然の結果でしょう。そして文脈を無視した制作陣は色々内情はあったと思いますが、音楽制作自体は大失敗に終わっています。(当時商業誌でもネット上でも大批判の嵐だったが、映画の興行成績はまぁまぁでした。)

デスメタルでもない楽曲でかつ歌詞の内容がひどく低俗なものも相まってメタルファンからは相当否定的な評価を下された。僕ももう少しメタルに対して愛とリスペクトが見える制作ができなかったのか、と当時思っていたが、まぁエンタメ映画やしなぁ…とマイノリティジャンルの弱さを痛感した事例でした。

文脈大事。これはマーケティングの世界もそうなんですよね…

ミックスの良しはわからないが悪しはある


良いミックスの定義というものは、存在しないんです。良いミックスの定義、教えて下さい。音楽の評価とは音楽家が決めるものではなく、オーディエンスが決めるものであり、良いミックスであると評価される音源はそもそもその音源自体がポピュラー音楽として成功して、かつ、その ついで で良いミックスだと語られます。

ただ、良くないミックスの定義はあります。

それが文脈を逸脱している場合です。楽曲が文脈を逸脱している場合は違いますが、楽曲が持つ文脈に対して、ミックスが文脈を反れたらそれは良くないミックスになるでしょう

そうなんですよねぇ、ここなんですよねぇ。

J-Pop が K-Pop になれないのはそもそも音楽文脈が違うからで、K-Pop が優れている、J-Pop が劣っている、という 評価ではありません。もし、J-Pop が K-Pop を踏襲するジャンルになった場合、J-Pop は K-Pop の二番煎じというか、劣化コピーにはなり得るけど、K-Pop にはなり得ないし、逆に K-Pop が J-Pop のジャンルを踏襲した場合、J-Pop にはなれないし、K-Pop が J-Pop の文脈があるのなら、それは J-Pop の二番煎じ、劣化コピーになりえたのです。

音楽を文脈で理解できれば、音楽への理解やアプローチは難しいものではありません。

少し前に 何故 J-Pop は K-Pop になれなかったのか、みたいな話題が散見されましたが、そもそもジャンルの文脈が違うから、で済む話なのですが、対立煽りを生むような考察がなされます。

J-Pop は日本人に最適化してきたジャンルで K-Pop はそもそも欧米シーンに最適化してきたジャンルなので、そういう意味で J-Pop が K-Pop になることも無いでしょう。ロックがパンク、パンクがメタルになることも無いでしょう。(パンクはハードコアに派生しているんですよ。) 

重要なのは文脈であり、この文脈解釈が重要なのです。

エンジニアが文脈をアーティストより理解していると思う?


これが一番重要な部分です。

アーティスト自身より自分の音楽性の文脈を理解している人は自分以外でいないのは当たり前でしょう。ただし、その文脈を経験と知識と技術で補うことができるエンジニアがいます。現在、日本でエンジニアが生き残っている理由のほとんどの価値がこの文脈に詰まっていると思います。

わかりますよね、クラシックを専門に仕事にしている方、ヒップホップを専門にしている方、メタルを専門にしている方、ポップスを専門にしている方、オールマイティで万能な方はそこまでいないと思います。特にメタルなんか、絶対、文脈を知らなきゃ無理です。

もちろんそれ以外にも人柄とか、経験とかいろいろな要素はありますが、文脈は選択する意図として割合が多く占めると思います。

そして、いずれ、文脈を理解した AI も登場するでしょう。既に iZotope の Ozone の AI Asistant は文脈理解を結構できていますよ。まだ実用レベルかと言われるとエンジニア的にはまだまだだと思いますが、かなりそれっぽく調整してくれますし、普通に自主制作レベルなら余裕で採用できるレベルだと思います。

そして勤勉で文脈に関連する事象をご存知の方は既にそのジャンル等にフォーカスした YouTube の解説動画など、技術的な側面を紹介している動画で自分で学んでいると思います。

つまり、別に動画などで文脈的な経験値と技術を学んで AI で補完すれば ミックスエンジニアなんて要らなくね

っていう話なんです。

エンジニアなんていらんかったんや


なんのためにエンジニアが必要か、と言われると制作の母体が大きくなった時に分業制が色濃く残り続ける現場のエンジニアさんはいなくはならないと思います、一定数残ると思います。あとは人が介在するイベントなどで PA 屋さん的なサウンドエンジニアさんは、設営という部分もありますし、臨機応変な対応が必要なため、人的リソースが必要です。

ただし、そこに今までの文脈が必要なエンジニア像が必要かどうかと問われると違うと思います。制作の仕事をこなせるオペレーター的なエンジニアのほうが僕は憧れます。それができないから。これはもちろんオペレーターが文脈を考えなくて良いという話ではなく、制作のシステム化が多いに進む未来が訪れ、文脈の補完は別の誰かや AI がやることになるということです。オペレーターはオペレートに集中しましょう、ということ。

もちろん、文脈を売りにしたエンジニアも一定数残ると思います。ただし、みんなが今まで通り世界で戦えるのか、と言われると非常に怪しいです。日本語で日本国内コンテンツを制作する場合には大半が残るでしょうが、僕のような、欧米メインの活動をしている商業的なフリーランスミックスエンジニアは大半が淘汰されるでしょう。ニッチや局所的な需要は残るけど、大多数は淘汰されるでしょうね。

もちろん、僕はレコーディングもできますので、フィジカルが必要な場面では需要が残っているかもしれませんが、どうでしょうかねぇ。それこそ DAW や Audio Interface が進化すれば、半自動でほとんど調整してくれる、または後処理でプロエンジニアがレコーディングしたかのような再現が出来るような AI 技術が発達すれば、マイクを立てて録音ボタンを押す人がいれば良い、という状況は容易に想像できますし、現在商業スタジオは減っており、個人で運営しているスタジオが増えているので、職業エンジニアというより、制作を一手に担当できるサウンドデザイナーのような職業に変遷していくのでしょう。既に需要があるエンジニアの中には作曲できます、編曲できます、という付加価値を持っている方がいらっしゃいますし。

僕のような、ステレオタイプのレコーディング、ミックスエンジニアはほとんどいなくなる未来が見えます。

そもそもミックスエンジニアのミックスがいいのか問題


自分でミックスしていて、自分のミックスが良いと思わない事例が多くなりました。

これは自分の心の中の自問自答であり、アーティストにこれを吐露したことはありません。

もちろん、自分のミックスが一番だ、と思う場面もありますが、果たして自分のミックスは正当に評価されるのか、不安だ。という感情がここ最近非常に多いためです。我々は心底、理解されない意味不明な音響処理に人生を注いでいることを痛感しているためです。

最初に言いましたが楽曲の評価はオーディエンスが決めることで、エンジニアでは決まりません。後で勝手に評価が付いてくるのがエンジニアリング評価やミックス評価です。

もちろん、僕は仕事としてお金を頂いているので、対価が評価であればそれで良いとは思いますが、自分のミックスが良いのか、の客観的な観測はほとんどできません。もちろんアーティストに喜んでいただいたり、音楽レビュー記事に音について触れられていて、高評価をいただいたり、リスナーの方のミックスが良かったという投稿を見たり、ありますが、自分のミックスじゃなくても、この評価をいただいた気がする、というような感覚を最近良く感じます。


理由 ① そもそもミックスの知見がネット上に溜まってきた

今まで閉鎖的で情報が外に出なかったものがネット上で簡単に検索で見つかるまでになったことが大きな要因でしょう。文脈に関連する情報もたくさん見つけられます。

例えば 80s に流行った手法を取り入れれば、その音楽に 80s の文脈がある場合、アプローチが可能です。


理由 ② 環境構築の高パフォーマンス化

昔はデジタルオーディオなんて誰でもできるような敷居の低いものではなかったものが、誰でもプロと同じような環境構築が低価格で可能になったことでしょう。

お金でぶん殴ればいい制作が出来ると言いきれはしませんが、成長スピードは通常の人より遥かに早くなるとは思います。嫌ですねぇ〜、実は既に経験や技術はお金で変えるのです。プラグインも然り。


理由 ③ そもそも生音使わないじゃん

昔はレコーディングをしないとドラムの音はミックスで使えなかったし、ストリングスも必ずレコーディングする必要があったし、言いたいことはレコーディングの必要性が 100% あった、ということで、そこに技術や経験や文脈は 100% 必要でした。

しかし、Virtual Instrument があれば、レコーディングの知識も技術もいりません。お金を出せば最高級のスタジオで極上の演奏者が演奏した素晴らしい価値のある楽器の音が手に入ります。

もうね、フェーダーバランスさえ取れればそれなりに素晴らしいミックスになるんです。

文脈は音源を選ぶ時にできますよね。オールマイティに利用できる音源なんてほとんど存在しませんし、もし多少の文脈違いの音源でもパラメーターをいじればある程度文脈の方向性の調整ができるように設計されているので、そもそもエンジニアが文脈をいじる必要性がない。もちろん、音源を書き出ししてもらった時に明らかに文脈外の音が聞こえたら、僕はリモートで微調整させてくださいとお願いすることがありますよ。

なんでこの話したの?


それは、それでも僕はこの業界で生きていける自身があるからです。根拠はないけど。

今まで以上にエンジニアにとって厳しい世の中になると思います。僕はエンジニアになりたいという人がいたら、オススメはしません。やめておけといいます。いの一番にそれを伝えます。それでもなりたい、という人しか、なれないためです。

エンジニアとしてご飯を食べていくために必要なのは、なにでしょうか。今現在エンジニアの方は、謙虚さとか、アーティストをリスペクトする気持ちだとか、体力気力精神力、たぶん、あなたの時代で必要だったこと、またはあなたの過去の話するでしょう。

いつも思うんですが、なんで自分の成功体験を話すんですかね?
時代の変化スピードは変わっているんですよ。

エンジニアに必要なのは、変化の早い業界のスピードについていくため、貪欲に業界に居続けるために、基本的な論理思考が出来る地頭と新しい技術を理解できるだけの基礎的なバックグラウンドと、謙虚さ素直さ、そして相手を上手に立てられる世渡り上手さ、体力気力精神力があり、そして愛嬌がある、ありえないほど、コストが高い人材になる必要性があります。

でも、お給料は自分の能力に見合っているか、と問われると、全然見合いません。ですからオススメしません。高コストな人材であっても特別報酬はなく、慣例的な報酬のみです。(でも海外案件では臨時報酬は割ととあるな) ですから、そんな優秀な人材はエンジニア以外のもっと高給がもらえる職種につくべきです。

それでも目指したいという方へ、僕からの、辞めておけ。という言葉のプレゼントでした。

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  • 書いた人: Naruki
    レコーディング、ミキシングエンジニア
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