ドラムサウンドクリエイトのお話
世界で一番難しい録音はなんですか? と言われたら、ボーカル Rec が一番難しいと感じています。しかし、歌い手の影響で、エンジニアリング能力以上の音が取れる現場があります。難しい録音なんだけど相手の上手さでどうにかなってしまうことが多々あります。恵まれていることに感謝しましょう。
今まで一度も成功したことのない録音はなんですか? と聞かれたら、もうこれは一つしかありません。ドラムのレコーディングです。成功したことない、と言ってもいいほど、いい音で取れた経験はありません。(ピアノも似たようなものだけど演奏者とスタジオと調律に助けられる。)
ちょっと語弊があるかな、いい音では毎回録音できている、と思うけど、自分が思い描いていた通りの録音ができたことがない、と言う感じ。あと、ドラムは演者が聞いている音と、録音されスピーカーで再生される音が結構違うので、何がいい音、という基準が非常に判断が難しいと思っています。
普段、皆さんは生ドラムなぞ、レコーディングしないと思います。音源を使っていると思います。だってそのほうが絶対いい音で制作できます。しかし、ここで勘違いしてはいけないことは、トラック単体の音がいい音だとしても、楽曲において その音がベスト だとは限りません。そして、そのドラムの音作りに対するアプローチについて、日本語の情報はなかなか見つけられません。
ドラムレコーディングが難しい理由
ドラムレコーディングについてマイキングとか解説しているページは多いですが、個人的に言わせていただくと、エンジニア一人では到底無理って話。
最高の音を録るために必要な準備が多い
- スタジオ
- ドラムセット
- プレイヤー
- コンディション
- チューニング
スタジオ
言わずもがな、ドラムと言う楽器は和太鼓などの日本の楽器とは違い、反響音を前提とした音作りがなされています。つまりスタジオのホールの環境でドラムの音色が非常に変化します。
また、ドラムは音が大きい分、狭すぎる部屋だと、直接音と反射の音が部屋中にまわり、音が拡散しないためにマイク収録に悪影響を及ぼす場合があります。(LR で同じ量の音が回り込み、ステレオ感が薄れる場合も多い)
できるだけ広く音が反響しつつも初期反射が拡散するスタジオ選びは非常に大切になります。
ドラムセット
もちろん、ドラムセットの良い、悪いはあります。安い高いではありません。
例えばヘッドがヘタってるとか、ボルトが緩みやすいとか、フープが歪んでるとか、スナッピーが駄目とか、そういうことで。
レコーディング前にはドラムセットの状況を確認して望むことが大事です。
プレイヤー
もちろん、プレイヤーの演奏方法で音色は変わります。
楽曲に合わせた演奏ができるのか、ドラムセットを鳴らすことができるのか、は重要な部分です。
コンディション
これは、湿気が多いとか、気温が高いとか低いとか、レコーディングに向いているコンディションかどうか、にかかります。(ここでかなり変わる)
当たり前ですが、湿気が多いとドラムセットはいい音がなりません。ドライヤーを持ち歩け、とはいいませんが、コンディションも考慮するべき部分なのです。(ドラムのシェルやヘッドの水分の話です。空気中の湿気はなかなか制御できません。)
チューニング
圧倒的にこれができません。ドラムのチューニングは非常に難しいです。普段ドラムを触らないエンジニアがチューニングできるわけがないのですよ。
ここで、ドラムのチューニングについて解説すると、ドラマー向けの記事になってしまうので、チューニングに関してはドラムメーカーの How to が参考になります。そちらをご参考ください。後は Youtube の Drumeo のチャンネルとか見てください。
よく「対角上に締めなさい」と言われますが、時計回りにシビアに (1/8 回転) ボルトを締めるほうが圧倒的に良いです。また、スナッピーの調整ができない方も多いです。スネアロールが上手く聞こえない場合は大体、リアのチューニングとスナッピーの調整具合です。
生ドラムがいい音だと思う楽曲
これを思い浮かべてください。
洋楽ってなんかドラムの音良くないですか? まぁ生と言っても差し替えが前提でプロダクションやっている現状、いろいろな原因と理由がありますが、アメリカにはドラムサウンドクリエイターなる人間がいます。
海外のロック系エンジニアのお仕事を見ると、如何にトリガー用のスネアやキックの音を作り込むか、にかなりの時間を費やしています。この事実みんな知らないと思う。日本でトリガー音源に命かけて制作している人、たぶんものすごく少ないと思います。
僕も One-Shot sample をいつも自分で作ったり、海外ユーザーが制作しているサンプルを流用したり、いろいろやってます。ドラムは如何に楽曲の中に違和感無く馴染みかつ、かっこよさを演出できるか、が重要だと思っています。
直接音と反響音の関係
ドラムのサウンドクリエイトが非常に難しい部分に、ドラムの音自体を理解できない、という事実にぶち当たります。大体ドラムの音をどうやって認識しているのか、を頭で理解できていないことが多いのです。
EQ の記事のときにも少しだけ書いているのですが、ドラムはアタックの音とサスティンの音以外はありません。それ以外は反響音となります。つまり、ドラムの音というのは 部屋ありき、なのです。ここ必ず覚えてください。
ドラムの音を分解する
上記の音声はスネアのドライの音です。(自前のドラムサンプル) これをもう少しかっこよくして、以下の音にします。
するとこんな感じになりました。これは「スネアとしていい音」とかではなくて、要素を強調することでオケとの馴染みを考えて加工するという部分にフューチャーして作成しました。
あんまり単体で聞いてもかっこよくはないこの音ですが、オケに混ざって鳴らしてみると、まぁまぁかっこいいスネアとして活躍できます。この音声はダウンロード可能な状況にしておきます。お好きなリプライスプラグイン上でお使いください。(Drumgog とか Trigger とか)
48 kHz / 32-bit Float フリーです。ご自由にお使いください。確か Pearl の 14×5 の Steel Snare。
ただし、このスネアのチューニングが意外と低く、基音が 180Hz あたりなので、使い時は難しいかもしれません。Fat な印象を付加したいときに混ぜて使うのがいいのかな?
この音声を分解してみます。
アタック成分のみ
当たり前ですが、誇張してアタックのみを抽出してみた音。スネアとは一聴では思えず、なんかポップノイズに近い印象を受けます。
サスティーン成分のみ
スナッピーや倍音成分のみを抽出、レベルを上げて誇張しているので、よりノイズのように聞こえる。(歪み成分が多い)
ドラムの合成成分とは
これが正解、というわけではありませんが、大まかにドラムの音はこの2つの音の複合だと捉えます。アタックと余韻それぞれを聞いてもスネアとは認識しづらい音で構成されています。分けて考えると両方ともノイズと変わりありません。
ドラムのクリエイトとはこのアタックと余韻の組み合わせでかっこよくなる、と個人的には思います。勘違いしてはいけないことは、単体でいい音を作ることに固執してはいけない、ということです。
まず、オケ中からスネアとして認識させるために、アタックを誇張して表現する必要があります。これはアタックタイムが早くリリースが長いコンプレッサーを使用するか、Transient を調整する必要があります。
そしてアタックだけではクラップと同じような扱いになってしまうので余韻を調整してスネア感を演出していきます。
この Attack と Sustain の強さで人はドラムをオケ中で認識できます。
Tips
ここでは、いい音を意識しすぎることはやめてください。とにかく、オケ中でかっこよく聞こえるドラムの音は、上品である必要はありません。大体下品です。例えば、以下は私が作った Drum Sample の一例です。
波形を確認してみると、矩形している状況がはっきりと分かります。こんな音声を使っているエンジニアなんて、素人以下だ、なんて言われても仕方のないレベルの波形をわざわざクリエイトして使っています。
アタックの作り方
これは特徴のあるコンプを使うしか方法はありません。(または Transient Designer)
こんな設定は普通であればしないかもしれないけど、ドラムの音をクリエイトするためには過激な設定は普通に多用する。
また、モデリング系のコンプを使う場合も過激なレシオ設定ができてかつ、アタックタイムが絶妙なものを選択すべし。
もちろん標準コンプでも同じような音は再現可能。過激なレシオ、適度なアタックタイム、長いリリース、深く掛けること。
当たり前ですが、アタックをデザインしたスネアはアタックのみを考慮してトラックを構成する。アタックを作ったトラックはアタック以外の要素を求めてはいけない。トラックは役割分担が非常に大事。これができないと前に進めない。
リリース成分の作り方
色々あるんですが、これもコンプを利用するか、Sustain を調整する。ただし、先程のようなアタックコンプとは違い、歪みを意識することが大事かもしれない。
できれば THD が良く発生するコンプで EQ で音を整えつつ圧縮する。Distressor 系はアタックはそこまで潰れないので、アタックトラックと併用して、リリース部分を調整する。
気に入らなければ後段に歪むプラグインを挿す。ここでは未だに L1 Limiter は現役である。または Transient 系を調整できるプラグインで音を再調整していく。
Tips
お好みで Room をデザインしよう。結局最近はデットな部屋でレコーディングをせざる負えない現場が多く、部屋を自分でデザインするしかない場合が多い。
意外と Reverb や Room 感などは深くても違和感がないので、自分で作り出すのはそんなに難しくない。
手順のサンプル音
ちなみに、以下の素材を元にしています。これは嘘ではありません。
加工した音は手順を利用して作ってみた音です。決して、単体で聞いて「いい音」だとは思わないでしょう。オケ中で音を利用して頂くことを強く望みます。
ドラム音源の音は丁寧に録音されており、EQ とコンプで音を整えているだけで、後々利用することを考えているので結構 Dry 気味な音が多く、そのまま使ってもオケに変化が生まれにくいです。
ですから、ドラム音源の音を更にオケ馴染みがいいように加工することをオススメします。ドラムのサウンドクリエイトは簡単に解説していますが、難しいです。ドラム自体の加工が難しいのではなくて、オケに合わせていい感じに音が作れないんです。レコーディングしている最中にそれらを考慮して録ることが大事かもしれませんね。
ドラムは非常に難しい楽器故に聞いている音と実際の音にはものすごい乖離が存在しています。思っている以上に抜けが悪く、大体ピッチが高くミュートしすぎない方が後々いい結果を生むことが多い印象です。
フリードラムサンプル
ここにドラムサンプルの一覧を置いておきます。研究用に使ってもいいですし、リプライスやご自分の楽曲に自由にご利用ください。Dry の音はマイク録って出しです。生の音って頑張ってもこんな音なんですよ。
義務ではありませんが、使用した音源等がリリースされる際に連絡を頂ければ、その音源聞きに行きます。
Kick
これらの Kick は R&B や HipHop、Beat maker にオススメ。
Snare
スネアはピッチが低い分、補正の意味合いが強くでているので、薄く足しつつ利用するのがおすすめです。
Tom, Floor
これはパラレルで処理したあと、Room を足しています。
ドラムのサウンドクリエイト
もちろん、ドラムのサウンドクリエイトに関するお仕事は受けて付けています。About のコンタクトフォームや何かしらの連絡手段でご連絡ください。もちろんギター・ベースも然り。
ギターやベースに関する Tips の記事を書こうか悩んでいますが、サンプルが手に入ればやろうと思います。ギターやベースもエンジニア視点の音作り方法が存在します。
今回は有料にするか迷いましたが、サンプル作ったんで無償で配布も兼ねてそのまま記事公開しました。ちょっと喋りすぎたね。同業者にちょっと罪悪感。