正直、やりたいことが可能になって度肝を抜かれた Three-Body Technology – Cenozoix レビュー
はい、以前、私は Pulsar Moludar の P11 Abyss というプラグインを紹介しました。
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このプラグインは各ディスクリート挙動のコンプレッサーを再現するという趣旨の次世代のデジタルコンプレッサーでした。その挙動の根幹には非常に深いアナログ挙動の深淵を見るというプラグインであり、新たな時代の幕開けを予見するようなプラグインでした。
P11 Abyss はできるだけアナログの素養、例えば VCA、FET、Opto、Vari-Mu などの挙動を崩さない視点である程度の自由度を確保できるコンプレッサーでした。動作は RMS ベースでほぼ Bus か Mastering 向けだったと思います。
今回の Three-Body Technology の Cenozoix は、単体トラック向けに、あらゆる挙動を隈無く制御すること、を念頭に於いた、次世代のハイブリットコンプレッサーになります。
これは私の解釈であり、公式的な見解ではありません。
ついに対 Pro-C2 がやってきた
ご存知、Three-Body Technology 略して TB-TECH はあの「Kirchhoff EQ」の生みの親、開発ベンダーであり、明らかに 対 Pro-Q3 を狙ってきた EQ でした。
Kirchhoff はキルヒホッフと発音する(ドイツ系人名由来)
Kirchhoff EQ と Pro-Q3 は特に大きな違いはありません。Pro-Q3 のほうが動作が軽いとか、Kirchhoff EQ のほうが Dynamic EQ の自由度やエンベロープ干渉が段違いに可能とか、両者、もちろん長所があり、いちいち短所を見て対立煽りをする必要性はありません。
どっちも良いのです。
そして Pro-C2 が出てそろそろ、9 年 ですか? 初代 Pro-C が 2007 年で、2015 年に Pro-C2 がリリースだったと思います。違ったらごめん。
ついに対抗馬となる Cenozoix (スィノゾイクス、セノゾイクス) がリリースされました。
どうでもいい程度の脱線事項
Cenozoix はおそらく「Cenozoic」の C を X に変えた造語ですが「Cenozoic」の意味は「新生代」でこれはご存知だと思うが、時代区分の名称であり、明らかに「新世代のコンプレッサープラグインだぜぇ!」という意味が込められている。
なにがやばいんだよ?
このプラグインなにがやばいって、全部ホームページ書いてあるんだ。
それを実用的な視点で噛み砕いて解説していこうと思う。
今回は大枠で色々語っていくことにしよう。
実用的な低歪み設計と歪みコントロール
コンプレッサーは適応すると歪みます。
これは波形変形をするとどうしても高調波が発生するという数学的なものであり、アナログコンプレッサーの良さはこの波形変形のさせ方と発生する高調波が非常に音楽的であった、ことに由来していると思います。
これはなかなか回避できない問題というか場合によっては 回避できない ので、その後どうするかが問題になったります。歪む = 高調波が発生 =折返しの問題 はセットです。
ですので、最近は Compressor に独自の項目があり、歪みにくい圧縮アルゴリズムとオーバーサンプリングを組み合わせたものが主流になりつつあります。
例えば Material Comp とか。
もちろん、歪みにくい設計はすでに他社でも採用しているため、付け加えて、非常に恐ろしい自由度を提供してきた。順に見ていこう。
低歪みは特定のアルゴリズム選択で
マスターで利用したい層に向けて、Pro-C2 や Material Comp にもあるように非常にクリーンなモードがある。Clean というモードではない。Mastering や Open という項目である。
まぁこの辺はいちいち説明しなくてもいいかな。画像でそうなんだね、って補完してほしい。ここにレビューを見に来ている層はマニュアルをちゃんと読める人たちだと勝手に思っておきます。
このような設計なので歪んだことが耳で聞き取れるエンジニアは文字通り化け物である。(人間の感覚器官の下限値よりもさらに下限の感覚器官を持つ人って意味だからね。)
ちなみに Open モードが一番歪み率が低いっぽい。
一応 Clean が 一番一般的なモード で Peak から RMS にディテクターを変更すれば、それはそれは低歪みになります。
重要なのはその他のモードの場合の実用的な利用方法である。
俺がやりたかったことはこれなんだ!
僕、Opto のコンプ実は好きなんですよ。
で、最近は Black Rooster Audio か UVI の Opto モデリング使うことが多かったのですが、この Opto モデリング、やりたかったことができるんだよ!!!
まず、Detecter (検知) 回路は Peak でも RMS でもない Opto 式なので、 Peak/RMS とFF/FB の選択はできないが、Odd/Even の設定が可能。
で、この Odd/Even を調整すると、かなりアナログライクな歪み方になります。
検証した結果 50% が一番ナチュラルな歪み方 (ここでいうナチュラルは自然なアナログっていう意味じゃなくて、自然な歪みとしての意味) になるので、そこから マイナス、プラスで微調整。
そして、問題なのが、Opto 式は Attack time も Release time もいじれません!
しかし、このプラグインには Clamp と De-Click、Punch と Pump というつまみがあるではありませんか!!!
Clamp, De-Click, Punch, and Pump
正直いちいち説明はしない、マニュアルとかホームページ書いてあるので、詳細は省きます。
ただ、マニュアルにあるような画像動作をぶっちゃけ実感できませんでした。もう少し画像より少ない適応かなって思います。見た目以上に音はそこまで激変しない。
ちょっとサポートにメールしてみようかな〜
さて、画像を見てみよう。
実機より若干戻りのスピードが早いかなとは思うけど、現代的な Opto っぽい動作。
可もなく不可もなく、非常に優秀だとおもうけど、ここから曲に合わせて調整してぇ…ってずっと思っていたんだ。
画面見ても、音が想像できない層には申し訳ない。
ただ、分かる人にはわかるでしょ?
Opto 式なのに、Attack 要素と Release 要素に介入できるぅ〜。あと Lookahead でしっかりアタック掴むぅう。
これがやりたかったのだ。ぶっちゃけ Opto 式の動作を Pro-C2 とか Material Comp で自分で探して作れば良いんだけど、そういうことじゃねぇんだ、ってくらいに自分が思いついた挙動をサクッと再現してくれる。
De-Click 要素が非常に優秀で、これ、De-Click を有効にするほうが音が逆に強く抜ける。
本当は有効にすると高速なクリックアタック要素もしっかり圧縮するっていうものらしいんだけど、Opto でやってみると、逆にクリック要素を圧縮しすぎないような挙動が得られた。
おほほ。アナログモデリングいらずになってきたぞ。
何が言いたいかってやっぱエンべロープ形成よ
24 種やそれぞれのパラメータの特徴を説明していくと、果てしなく終わらないので、24 種のコンプ挙動をしっかり把握して自分が求める音像やエンベロープ形成を頭で考えられる人にとっては、欲しかった形成機能があるぞ! という状況になっている。
Variable-Mu っぽい挙動で最速アタックに最速リリース挙動 + α とかおもしれ〜ってなる。
そして ADAA を全面に押し出してきた
ADAA は私以外たぶん、まともに論文も読んで中身を理解している日本人エンジニアはいないのではないか、くらい、ぶっちゃけどうでもいい話ではあります。マジで理解したからといって音楽制作には関係ない。
自分はエンジニアとして最低限のバックグラウンドが無いやつはダメだと一人で勝手に思っているので読んで理解しているだけ。
簡単に噛み砕くと、
って感じのものでいいです。
もちろん、これはあくまで単純な話で本当は処理コストを軽減しているソフトもあるだろう。
一度、以下のページ説明しているので載せておくよ。
Anti-Derivative Anti-Aliasing (ADAA) とは
アンチ デリバブティブ アンチエイリアシング
意味は「不定積分アンチエイリアシング」ですね。だから微分してどうのこうのです。
実は ADAA は Github で普通にオープンソース化されています。
https://github.com/jatinchowdhury18/ADAA
大本の論文はこちら。これは 2016 年に NI の方々共著の論文です。
http://dafx16.vutbr.cz/dafxpapers/20-DAFx-16_paper_41-PN.pdf
この研究では Hard Clipper の一般的な飽和非線形性を、その逆導関数を使用してエイリアシングを修正している。
もう少し ADAA を数理学的にに発展させたもの
https://aaltodoc.aalto.fi/server/api/core/bitstreams/87839e85-c165-4bd9-aeed-7c96ff64026a/content
これは非線形関数の特定の形式を利用せずに ADAA を利用する方法についての論文です。
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アナログ回路歪みへの応用的な論文
https://www.hsu-hh.de/ant/wp-content/uploads/sites/699/2020/10/DAFx2019_paper_4.pdf
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もう少し発展させてアナログフィルターやダイオード回路に応用ができないかの論文
https://dafx2020.mdw.ac.at/proceedings/papers/DAFx2020_paper_35.pdf
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理解しろ、とは言わないけど、わかる程度に知識がある方が良いとは思う。
ADAA に対するちゃんとした知見
ADAA については、今までの知識だけでは単純評価できません。
その一例としていくつかの特殊な挙動を紹介します。
高域における周波数の揺れ
これは ADAA の特徴で、オーバーサンプリングをすると現れる特徴である
これは ADAA の特徴で、他の ADAA を実装しているプラグインでも同様の特性が現れる。これは逆導関数変換のときの数学的なものだろう思う。
ここを許容できるかできないか、は重要である。まぁ個人的には出音で判断すればいいのであんまり気にならないけど、ステレオ素材のときは位相は変化しないけど、左右のステレオイメージのほんの僅かの変化を知覚できる。
このリップルは位相変化を起こしません。
もちろん、コンプレッサーのステレオリンク次第だが、ステレオリンクで微調整も視野に入るので、ADAA にも弱点みたいなものがあるのが伺える。
シビアな人は頭に入れておこう。
ADAA はオーバーサンプリングの解析が難しい
ADAA は Plugin Doctor 等の Harmonic 検査では効果を視覚的には得られない。
これは他の ADAA プラグインも同様の動作をする。
視覚的に効果を得られないので Sweep と Lin 表示で比較
画像を見れば高域の折返しがかなり改善しているのはわかる。しかも倍音の特性も変わっているような測定結果が得られる。実際変化しているし、倍音のエネルギーが増えている、だから単純な比較が難しい。そして位相雑音が変形するのでエイリアス対策が微妙のように見える。実態はそうではない。
IMD の測定をすると改善しているので効果はある。ただ、視覚的には知識がないと対策されていない様に見える。まぁ知識が無いとそう思うのは仕方がない (ただ、IMD の評価は折返し評価とは違うので精密な比較にはならない。だがこの状況では比較できる。)
ADAA はオーバーサンプリングの恩恵を視覚的に得られにくい、ただし、音でチェックすると、音が急に綺麗に聴こえるので効果を実感するためには自分の耳で判断してほしい。測定結果というのは知識があって初めて利用できる。
この話はヌルチェック (逆相チェック) の話で散々したので割愛。
上記の図を見れば分かる通り、ADAA は測定するとエイリアス対策はできている。が、単純なオーバーサンプリングとは違う測定結果が得られるため、簡易的な HarmoicAnalysis では効果を知覚できない。
なんか画像見ても納得できない人は自分の楽曲で極端に歪ませてみて、オーバーサンプリングの機能を有効無効で聴き比べて見てください。全然音が違うのわかると思うし、エイリアシングノイズがどういうものかよく聞こえてくると思う。
今日はここまで
2024/02/10 現在
今は自分のセッションで利用しつつ、思ったことを書いただけなので、大幅な追記があるかもしれないが、今日はここまで。
面白いことがわかったりしたら追記します。
ではまた。