ゲインステージングとは︰補足記事
この記事は以下の動画を補足的に説明する記事となっております。
動画を作ってから日本語の情報を Google などで検索したら「ゲインステージンとは音量を揃えること」や「プラグインに入力される前に基準値に音量 (ゲイン) を揃えること」などの解説がされていることに気がついて、これでは「私の動画の内容を全く理解できない事前知識を持っている方が多いのでは?」と思ったからです。めちゃくちゃ初心者向けに作ったつもりが、全然初心者向けじゃなかったことに由来します。
記事を読む前に「ゲインとレベルとボリューム」そして「ゲインステージングとは」の 2 つ動画をご視聴していただき、内容を 9 割は理解している前提でお話をしたいと思います。
Gain Staging の由来
元々はテープレコーダーに「意図した信号」を録音するための信号レベルに対する言葉だったようです。厳密な言葉の定義の発祥はわかりませんが、テープレコーダーの時代に非常に使われていた言葉のようです。
これは伝え聞いた話で厳密なことは知りませんが、テープレコーダーへの入力レベル調整のことをゲインステージングと読んでいたという背景は調べればたくさん情報が出てくるはずです。
ちなみに VU メーターの規格は 1940 年の論文に由来しており、1942 年に ASA が規格化しているもので、別に「+4 dBu が音響的に優れているか」という問いは現代に於いてナンセンスな話です。
テープレコーダーは「入力信号のレベル」や「テープの速度」や「バイアス値」などで最終的な録音信号を色付けできます。当時も、もちろん仕上げの技術者がおり、なるべくマスターテープ録音で音が変化しないように設定を詰めたり、楽曲に合わせた設定を詰めていた、という背景があります。
テープに録音される入力信号が大きい、またはテープ録音時の非線形要素をできるだけ軽減したければ「信号レベルを下げる (COLD)」、逆に入力信号が小さい、またはテープ録音時に音色調整を行いたければ「入力信号を上げる (HOT)」、ということをゲインステージングといっていたようです。なぜ、ゲインステージという言葉なのでしょうか。
Gain という言葉が日本語で曖昧すぎる
ゲインという言葉を「音量」と捉えている方がめちゃくちゃ多いのですが「音量」は「ボリューム」という意味で、我々がアナログ機材や DAW 上で扱っている「波形」の中身は「電気信号 (または 0 と 1)」であり、これはただ内部的な電圧を制御しています。
電圧を制御するという意味で「信号レベルを調整する」という言葉を使います。ゲインは「増幅」という意味です。これは動画を見ていれば理解しましたよね。特にギターアンプは「Gain」と「Volume」のつまみが別れています。違うものなんです。
我々はアナログ機材や DAW 上で 音量は制御していません。音量 (ボリューム) という言葉は最終的に自分に聴こえる音の大きさの物差しの言葉です。
そして、最初に説明したテープレコーダーに対するゲインステージングも「ゲイン」を操作しているわけではなく「入力レベル」を調整しています。
入力レベルの調整が重要なのは「入力レベルを調整することで出力される信号に非線形要素が付加、または限りなく非線形要素が軽減されるから」です。
動画を見返してみてください。私が「GAIN」は 非線形要素と捉えるべし と説明しています。
そうなのです、テープレコーダーの入力レベル調整のつまみは「入力ゲイン」という名前ではなく、「INPUT」という名前が基本ついていますが、この入力レベルの増減が「ゲイン調整」に当たるからです。
つまり、現役でゲインステージングという言葉が実際に現場で使われていた意味としては「ゲイン要素 (信号の増減幅) の調整」であったのに対して、現代のゲインステージングの広義の意味が「存在しない規格の基準値に信号レベルを合わせる」という意味になっています。
または「ノイズと歪みを最小限に抑えるためのレベル調整」というような説明も真面目に海外の解説サイトで紹介されています。
この説明も間違ってはいないのですが、本質的ではないと思うのです。重要なのはレベル調整じゃなくて、どれだけゲイン要素に音を突っ込むか絞るかだと思う。
存在しない基準値? でも VU 使えって言うじゃん!
数多のメーカーは「あくまで DAW 上での 0 VU の値は調整するための一つの基準として利用しろ」と言っているだけで、必ずしも「0 VU = -◯◯ dBFS の値を厳守しろ」とは言っていません。
そこから微調整を始めると「あなたの選択肢の幅を最大限広げてくれますよ」という意味にしかならない。
重要なのは「ゲインステージングの真の意味」でしょう。
Gain Staging の本質的な問い
広義の意味はこの際、良いとしましょう。ぶっちゃけ、いつの間にか増減幅の調整という意味が変化してしまっているのは、時代の流れなのでしょう。
しかし、ゲインステージングで得たい最良の結果とは何でしょうか?
それは「あなたが求める音像に到達するか」以外の答えはありません。
私が伝えたいことは「0 VU = -〇〇 dBFS のような、存在しない基準に合わせること」ではなく「あなたはちゃんと機材やプラグインに対して、自分にとって最良の結果が得られるだけのゲイン調整は行いましたか?」です。
実際にプラグインのマニュアルを読むと公証している基準値が存在するプラグインは私は見つけていません。「+4dBu のときの入力レベルを -〇〇 dBFS と設定しています」や「搭載しているメーターの基準は 0 VU = -〇〇 dBFS です」というようなマニュアルばかりです。
現在 良く利用されている言葉の定義と実際の「ゲインステージング」の意味は私は違うと思います。
ゲインステージングへの深い理解
動画では、ゲインステージングの「非線形要素」しか触れませんでしたが、何故「信号レベルを存在しない基準値にすること」が「ゲインステージングの本来の意味としては良くないのか」その説明をしたいと思います。
入力レベルによって値の変化が様々であるため
動画に戻って思い出して欲しいのですが、私は「現在はゲインステージングという意味のレベル調整はほとんどしなくていい」と語っています。
それは「本来のゲインステージング」とは「入力レベルの調整を行うことで出力結果を調整すること」であるためです。
私はゲインステージングの本来の意味は上記だと思います。
わかり易い例
実はここ数年販売されてきたプラグインであれば、モデリングがかなりしっかりと設計されているため、入力レベルの調整やそれに準ずる機能の調整で値が変化するものが増えました。
ゲインステージングを「存在しない基準値」に調整してただプラグインの値を調整しているだけでは、プラグインを理解して使っていることにはならないかもしれません。
もちろん、以下のような例は頻発して起こるものではありません。全ては、プラグインを買って、色々試行錯誤しながら、たまたま見つけた特性です。
上記の 2 つの図は同じプラグインの特性を見ています。EQ をいじったわけではありません。入力レベル、または搭載するゲイン値の変更やそれに順する機能で変化した周波数特性を見ています。
この様に 私の定義するゲインステージングに準ずること をプラグイン上で行うと出力結果に変化の幅が生まれるケースがあります。
「スイートスポットを探せ」と言いますが「存在しない基準値」からこの値を導き出すのは結構骨が折れます。なぜかというと「存在しない基準値」と、この特性が得られる値までの調整幅の選択が広すぎるからです。
もちろん、私のような「存在しない基準値など知ったことか!」という人ではないと、なかなかたどり着きにくいものです。広義のゲインステージングをするのではなく「入力レベルで出音がどれくらい変化するのか」をちゃんと聴き比べていかないと、たどり着きにくい特性であるとは思います。
もちろん、そうでもない人もいるでしょうが。
これは考え方の問題です
レベルを一定に揃えることはアナログ時代の名残
もちろん、テープの時代に VU の基準値に合わせてからコンソールでレコーディングやミックスする場合には非常に意味があったことだと思います。元々マルチテープレコーダに録音するときに必要以上にホットな信号を記録させないために +4dBu = 0VU という目安ができたと思います。余計な非線形要素を排除したい、という明確で確たる意味をもって信号レベルを統一することは、当時は非常に意味がありました。
なぜかというと、最近は「歪み」に対して付加するという思考が強いですが、アナログレコーダー全盛期のころは、レコーディング時やミックス時に意図的ではない歪み要素が介入する要因が多いため、排除する思考性のほうが圧倒的に強かったのです。1940 年代までアンプで音を歪ませるなんてとんでもない!って時代でした。
そして、現代でもアナログ機材に信号を入力するときには入力レベルを気遣うことは、エンジニア本来の仕事として至極真っ当です。各マイクの種類や機種によって出力レベルを考えてマイクプリアンプを選択します。(最近はそんなにプリを選ぶマイクが発売されていないけど。)
当たり前ですがコンデンサーマイクの内部回路で信号が歪む場合もあるので、音圧耐性や感度を考えてマイクを音源に対して適切に選択し、マイクの出力レベルに合わせてマイクプリのゲイン調整、そしてアウトプットレベル調整が必要になります。一つずつ、順番に考えていくと録音される信号レベルはだいたい揃ってきます。
私は +18 dBu、+20 dBu、+22 dBu、+24 dBu の 4 ステップを使う機材によって調整しています。そうなると +4dBu 基準で信号を入力させると最大入力レベル違いで DAW 上の 0VU の針の動きは変動します。ここだけは気をつけてほしい。
調べたら結構 +10 dBu、+6dBu、またはそれ以下が最大入力レベルに設定されているオーディオインターフェイスが多いのでビギナー機材ほど、プロのエンジニアの意見からすると、実はレコーディングが難しい。レベル管理めっちゃむずい。
もちろん、デジタルレコーディング上でもエンジニアが信号レベルを管理して録音したもののレベルがある程度一定であることにも意味があります。もちろん、バラバラの信号レベルで記録された信号を DAW 上で調整してからミックスを始めることには意味を見いだせる人もいるでしょう。(広義のゲインステージングの意味?)
それは全体のセッションを通していい仕事をしている、と言ってもいいと思います。VU で決めた電圧の信号レベルを目安に信号レベルを統一していきましょうという話です。これは数値の感覚の統一ができている人にとって非常にいい状況です。いつも同じような条件でミックスできるからです。
ですが、現代のデジタルオーディオワークフローを現実的に考える場合、デジタル上の信号レベルの基準は無く、そしてバーチャルインストゥルメンタル音源やサンプル音源にレベルの統一という概念がありません。
それらの素材のレベルを揃えるという行為って「そもそもゲインステージングじゃなくて信号レベルをメーターで決めた基準に統一しただけじゃね?」って話になるわけです。信号レベルをある基準に統一する行為とゲインステージング本来の意味を混同してはいけない。
内容を理解し、意味を持ってゲインステージングする、しないを選択すればいい。
フェーダの位置を下げるだけの場合でもいいです。もちろんレベルをある程度統一することも各個人のワークフローなので、特に決まりはありません。ただし、ゲインステージングとレベル調整を混同してしまうと逆に本来のゲインステージングで得られる効果を犠牲にする場合も多々あります。
ゲインステージングの本来の使い方
もちろん「存在しない基準値」を利用することは悪いことではありません。
ただし、色々な情報を掘ってみると「存在しない基準値にしないと最良の結果を得られない」というようなミスリードが散見されます。
違います。
よく聞く「音量 (ゲイン) を揃えましょう」や「(存在しない) 基準レベルに揃えましょう」的なゲインステージングはあくまで「選択肢の幅が広いレベルからスタートしましょう」や「なるべくノイズや歪みの値が少ないレベルからスタートしましょう」という意味で、そこが「あなたの音楽にとって最良の結果が得られるレベルとは限らない」ことを絶対に頭に入れてください。
私が説明したい「ゲインステージング」とは「あなたが求めるの音楽の表現に到達するための入力レベル調整」であり、別に「VU の基準に信号を揃えること」ではありません。また、ゲイン調整要素が入力レベルによって変化しないようなプラグインや機材にゲインステージングは必要ありません。
必要なのは騙されない耳と感覚、そして、確たる音楽的感性への自信です。